前回は蛇婿の話でしたので、今回は女の蛇、蛇の嫁の話をするとしましょう。

女の場合は、来訪するのは人間の男の方であったりします。通い婚(夜這い)文化ですね。
結婚や婚約をしたものの、出産の時などに本性を見られ離別します。異類女房は自主的に退去する傾向にあります。

民俗学者阿部真司氏によると、蛇の嫁の話には、次のようなパーツが組み込まれているそうです。もちろん、話によって、ない部分や補足された部分もありますが。

1、愛情(結婚)
2、約束の破棄、禁忌の侵犯  代表例は「見るなのタブー」です。
3、恥、うらみ、しんい……怒り、憤怒
4、男の逃走
5、女の追跡
6、復讐
7、分離

これに基づき、5つの例を紹介します。


1つめ、『古事記』上巻の伊耶那美(イザナミのみこと)、またの名を黄泉津大神(ヨモツオオカミ)です。伊耶那岐(イザナギのみこと)との聖なる結婚、そして国生み、神生みを成した女神です。しかし火の神である迦具土(カグツチ)を出産したため、女陰(ホト)が焼け死んでしまいます。
イザナギは、愛する妻を黄泉国へ迎えに行きます。イザナミは見るなのタブーをイザナギに与えますが、タブーは破られるものですから、当然イザナミの姿を見てしまいます。すると、イザナミの姿は醜く腐っており、八つの雷神がその身にまとわりついていました。恐ろしい姿に伊耶那岐は逃走します。恥をかかされた伊耶那美は、配下の予母都志許売(ヨモツシコメ)や雷神など軍勢に伊耶那岐を追いかけさせ、最後は自分自身も追いかけます。なんとかイザナギは逃げ切り、黄泉の国との境に大きな石を置き、難を逃れます。これで離婚宣言、「事戸度し(コトドワタシ)」です。
イザナミは、1日に千人の人間を殺す呪いを掛けます。それに対して、イザナギは1500人の子供が生まれるようにします。人の生死の由来譚です。こう考えると、現在はイザナミ優勢ですね。
イザナミが蛇神という確かな証拠はありませんが、雷が身体に巻き付いていたり、死の支配者であったりすることから、なんらかの関係があるように思われます。



2つめは、同じく『古事記』上巻から豊玉姫(トヨタマビメ)です。アメニギシクニニギシアマツヒコヒコニニギの命―略してニニギ―の子の火遠理(ホヲリ)の命が海神(ワタツミ)国へ訪問し、トヨタマビメはホヲリと結婚します。そしてホヲリについて葦原中国へ行き、鵜草葺不合(ウガヤフキアヘズ)の命を出産します。この時、ホヲリに見るなのタブーを与えたのですが、もちろんホヲリは産屋を覗きます。すると、姫が八尋和邇(ヤヒロワニ)=大きな水辺の生き物であると判明します。正体を見られてしまった姫は、海坂(うなさか)=ワタツミの国との国境を閉じてワタツミの国へ帰ります。ただし、子供の乳母として、妹のタマヨリヒメを派遣します。この子供、ウガヤフキアエズと叔母タマヨリヒメとの間の子供が初代天皇神武天皇です。ナチュラルに近親姦・近親婚。
なお、ワニは蛇ではないのではないか、とのご指摘もありそうですが、ヤヒロワニの正体はよく分かっておらず、そのままアリゲーター、蛇、鮫など諸説ありますので、とりあえず蛇っぽいものだと仮定します。ちなみに、『日本書紀』では龍とされています。




3つめは、『古事記』中巻、第11代天皇垂仁(すいにん)天皇の段の、肥長毘売(ヒナガヒメ)を説明します。出雲で第11代垂仁天皇の皇子本牟智和気(ホムチワケ)と共寝=同衾します。しかし肥長毘売の蛇の姿を見てしまったホムチワケは逃げます。怒った姫は海を照らし船で追いかけます。
「海を照らす」という表現は大物主の登場シーンの描写と似ています。海蛇に着想を得たのではないか、という説もあります。



4つめに、道成寺伝承、清姫伝説について説明します。ニコニコあなたの隣に這い寄るFateきよひーでお馴染み。
この伝説は謡曲や能など様々な物語のバージョンが存在していて、女の蛇としては、おそらく日本で最も有名な話です。今回は『今昔物語集』巻第十四からご紹介します。
未亡人が若く美しい旅の僧侶に片思いして、強引に迫り、帰り道に必ず同衾するよう約束を取り付けます。しかし、僧は約束を破り、女の家に寄らずに帰ってしまいます。女はショックで死に、毒蛇になります。そして僧を焼き殺し、蛇の夫婦になります。そのことを夢で見た老人の僧侶が供養してくれて、二人は仏になることができました。
という仏教色の強いハッピーエンドです。



5つめは昔話の蛇女房です。男に助けられた蛇が、恩返しのために男の家に行きます。そして結婚し妊娠するのですが、出産する時に蛇であることがバレてしまいます。「鶴の恩返し」を思い出していただけると分かりやすいかと思いますが、正体のバレた異類女房は、別れなければなりません。蛇は子供の養育費として自分の片目の玉を渡します。しかし元夫が殿様に玉を取り上げられたため、蛇は残る片目も渡し、盲目になります。悪徳領主の極み。
時間も分からないので、蛇は元夫に、お寺の鐘を朝夕つくよう頼みます。



ちなみに、神武天皇は少なくとも四分の三がワタツミの国の血です。ほぼ水生生物。


天皇水生生物説

※山口佳紀、神野志隆光校注・訳『新編日本古典文学全集1 古事記』小学館、1997年、p438-439「付録(神代・歴代天皇系図)」を参照


参考資料
阿部真司『蛇神伝承論序説 清姫の原像を求めて』新泉社、1986年
稲田浩二、大島健彦、川端豊彦、福田晃、三島幸久編『日本昔話事典』弘文堂、1977年
小澤俊夫『昔話のコスモロジー ひとと動物との婚姻譚』講談社学術文庫、講談社、1994年
馬淵和夫、国東文麿、稲垣泰一校注・訳『新編日本古典文学全集35 今昔物語集1』小学館、1999年